2013年12月22日日曜日

『このホラーが怖い!』99年版


今日はちょっと懐かしいムックを紹介したい。
『このホラーが怖い!99年版』(ぶんか社)である。



毎年この時期になると「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」など、各種ミステリーランキングが発表されるのが恒例となっている。
じゃあ、ホラーでこういう企画はないのか? あったのだ。実はこれまでに一度だけホラーに特化したランキング企画が開催されたことがあった。それがこの『このホラーが怖い!99年版』で、1997年6月から98年夏までを対象期間に、作家・翻訳家・評論家・ファンにアンケートを実施。「海外小説」「国内小説」「映画」の3ジャンルで、ベスト10を選出している。


1990年代後半、『リング』『パラサイト・イヴ』『黒い家』などのヒットによって、小説界にはちょっとしたホラーブームの動きがあった。ぶんか社は東雅夫氏を編集長に迎えてホラー小説専門誌の『ホラーウェイヴ』を創刊、牧野修の『屍の王』、友成純一『電脳猟奇』などのホラー単行本も出していたので、このムックもおそらくそうした流れから生まれてきたものだろう。

では一体どんなランキングだったのか?気になるその結果をお伝えしましょう。

【海外小説編】
第1位:ロバート・エイクマン『奧の部屋』(国書刊行会)
第2位:スティーヴン・キング『グリーン・マイル』(新潮文庫)
第3位:リチャード・レイモン『殺戮の〈野獣館〉』(扶桑社ミステリー)
第4位:ブリジット・オベール『ジャクソンヴィルの闇』(ハヤカワ文庫)
第5位:オーソン・スコット・カード『消えた少年たち』(早川書房)
第6位:ダン&ドゾワ編『魔法の猫』(扶桑社ミステリー)
第7位:モンテルオーニ『聖なる血』(扶桑社ミステリー)
第7位:岡達子編『イギリス怪奇幻想集』(現代教養文庫)
第9位:ナンシー・A・コリンズ『ゴースト・トラップ』(ハヤカワ文庫)
第9位:プレストン&チャイルド『地底大戦 レリック2』(扶桑社ミステリー)
第9位:スティーヴン・キング『デスペレーション』(新潮社)
第9位:クリストファー・ムーア『悪魔を飼っていた男』(東京創元社)


【国内小説編】
第1位:貴志祐介『黒い家』(角川書店)
第2位:京極夏彦『嗤う伊右衛門』(中央公論社)
第3位:皆川博子『死の泉』(早川書房)
第3位:倉阪鬼一郎『百鬼譚の夜』(出版芸術社)
第5位:瀬名秀明『BRAIN VALLEY』(角川書店)
第6位:井上雅彦監修『異形コレクションⅠ ラヴ・フリーク』(廣済堂文庫)
第7位:小林泰三『人獣細工』(角川書店)
第7位:朝松健『妖臣蔵』(光文社文庫)
第9位:東雅夫編『文藝百物語』(ぶんか社)
第10位:皆川博子『ゆめこ縮緬』(集英社)


海外小説編の1位が20世紀怪奇派の巨頭ロバート・エイクマン(当時すでに故人)、というあたりに、このランキングの「本気度」がうかがえる。鬼畜ホラーのリチャード・レイモンが3位というのも、当時の悪趣味文化ブームを思い起こさせてなんともはや……。『ジャクソンヴィルの闇』はフランス作家によるゾンビもの。キングの『グリーン・マイル』が2位なのは順当だろうが、『デスペレーション』はモンテルオーニ、ナンシー・コリンズら後続作家に抑えこまれた恰好だ。


(エイクマン初の邦訳作品集が40ポイントを獲得して1位に)


国内小説では、当時からビッグネームだった貴志祐介、京極夏彦、瀬名秀明がランクイン。ホラー勢からは小林泰三、朝松健がランクインしている。皆川博子の代表作『死の泉』もこの年だった。3位の倉阪鬼一郎『百鬼譚の夜』は、20世紀末のホラーブームを体験していない人には馴染みの薄い作品かもしれないが、当時、倉阪鬼一郎は国産ホラーにおける最注目新鋭の一人だった。『百鬼譚の夜』『妖かし語り』『赤い額縁』とつづいた波状攻撃に、われら怪奇小説党は本当にワクワクさせられたものである。9位の『文藝百物語』は今日の怪談実話ブームの先駆けとなった、画期的な百物語本。『闇の展覧会』 のような書き下ろしホラー競作集を、日本で本格的に展開させた『異形コレクション』のスタートも、この時期の大きなトピックだろう。


(国内編では『黒い家』が断トツの1位)



と、いうわけで。今ふり返ってみても興趣尽きないランキングなわけだが、こうしたランキング企画はこれ以降、ほとんどおこなわれていない。ぶんか社の『このホラーが怖い!』にしても、わたしが知る限り99年版しか出ていないはずである。

この手のランキング企画には、もちろん賛否両論があるだろう。たとえば「優れた作品であっても、ランキングから洩れたことで、黙殺されてしまう」というような。しかし、今日のホラー&怪談界には、その年に出た作品を総括し、とくに優れた作品を顕彰する、というシステムが欠けている。怪談実話も含めるなら、今年だけでも相当な数のホラー&怪談が刊行されているはずなのに、その多くはごく一部の読者の目にふれただけで、書店の棚から消えてしまう。これはやっぱりいいことではないなあ、と思うわけなんですね。

面白い作品がたくさん出ているのに、それを知る機会がない、というのはとても勿体ないことだと思う。上のランキングを眺めているだけでも、未知の作品への興味がふつふつと湧いてきたこととだろう。それと同じことが毎年起ってほしいなあ、と怪奇界隈で生活している人間としては痛切に思うわけである。

で、「ホラー界にもこんなランキング企画があるといいなあ」とあっちこっちで話していたのが天に通じたわけでもないのだろうが、昨年は『幽』編集部主催で「怪談オブザイヤー2012」というランキング企画が開催された。

 結果はこちら


ホラー&怪談系のランキングとしては、『このホラーが怖い!』から実に十数年ぶりの快挙である。幸い各方面から好評だったようで、「2013年」もすでに開催が決まっているらしい。書評家やライターだけではなく、一般読者からの投票も受けつけるようなので続報を待たれたい。動きがあったらこのブログでもお知らせしてゆくつもりです。その一助になれば、というわけではないけれども、海外&国内ホラーの2013年総まくりを近く執筆予定。ご期待あれ!

1 件のコメント:

  1. 森園みるくが例の事件を書いたコミックを連載してる。

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