2014年9月11日木曜日

怪老人日乗・その5 「地下世界のダンディ」



引越しにともない、書庫兼仕事部屋がわずかながら広くなった。

 
前に住んでいたマンションの書庫は、縦長の三畳半。
申し訳程度に小さな窓がついていて、左右の壁を高い書棚で覆っていたから、「巌窟王」というか、「二十世紀鉄仮面」というか、なんともいえぬ威圧感があった。


書棚に入りきらない本は段ボール箱に収めたまま、床にうずたかく積まれていて、思わず小さな窓から「おれはここだよぉーッ……」と叫び出したくなるような、猛烈な狭苦しさである。
よくもまあ、あれだけのスペースに数千冊の本が収まっていたものだと感心する。


新しいマンションでは、書庫兼仕事部屋のスペースが倍くらいになった。
これまで段ボールに死蔵されていた本が、ちゃんと棚に収まる。これは楽しい!
未開封のCD4箱と、文庫本と雑誌あわせて10箱がいまなお曖昧な状態で床置きされているが、ま、今までの牢獄生活に比べれば、快適そのものである。


で、そんな中。
買ってすぐに段ボールに直行していた本、書棚の最下段に収められていて長年行方不明も同然だった本を久々に再読するのが、ちょっとしたマイブームになっている。


特に懐かしかったのが、人生のある時期、大量に買っていた超常現象関係の新書
引越しの際にはわらわら、わらわら、まるで子供でも生んでるんじゃないか、というくらい棚の下段から出てきて、「ああ、おれはオカルトが好きだったんだなあ」と再認識したのであるが、そんな中から今日は一冊オススメをあげておこう。





北周一郎『極北に封印された「地底神」の謎』 (学研ムー・ブックス)


これですよ。
懐かしいですねえ。  確か京都時代、四条通のジュンク堂書店で買ったんだ。で、どこか近くのコーヒー屋で一気読みして、鼻息もあらく帰路についた覚えがある。昔も今も、やってることがそう変わらんのう。


そもそも北周一郎が分からないって?
教えてあげましょう。といっても、私も詳しいプロフィールを知っているわけではない。
ゼカリア・シッチンなどの超古代文明系のオカルト本を訳している他、ムー・ブックスから『謎の中国古代神仙文明』などの著作を刊行している、超常現象研究家である。
ムー・ブックスに付された略歴によれば、1966年東京生まれ、日本宇宙現象研究会および日本フォーティアン協会ヨーロッパ副支部長、とのこと。


仰々しい肩書きに反して、2000年代に単著を3冊出したきりだから、あるいは他のオカルト研究家の変名なのかもしれない。ワカリマセン。



 
われわれの住む世界の地下には、人類よりも遙かに古い歴史をもった知的生命体〝異人類〟が住んでいる。『極北に封印された「地底神」の謎』は、そんなことを主張した本だ。
こう言ってしまうと、割によくある地底オカルト本なのだが、話のもって行き方の巧さと、紹介されるエピソードのアヤシさでぐいぐい読ませる。


シベリアの禁域で謎の失踪を遂げた民俗学者
→ツングースカ大爆発は「地球防衛システム」が引き起こしたという仮説
→東シベリアの地下で目撃されたキノコのような建物
→世界各地に残る超古代文明の痕跡
→ノルウェーでの古代異教の復活、それを十字架によって封じたエングストローム主教の英雄的行為(この話はアーサー・マッケン的でかなり興奮させられる)


へと、話をつなげてゆき、いよいよクライマックスへ。
ベルギーのブリュッセルの地下に存在するという、〈暗黒都市ブリューゼル〉のエピソードへと入っていくのである。


これが相当にアヤシイ話であって、興奮と疑惑で頭がくらくらする。
心を落ち着けて読むように。
1989年、ベルギーの首相・ブイナンとブリュッセルの市長・クデルが同時に誘拐され、大騒ぎとなった。しかも驚くべきことに、一カ月後に帰ってきた首相は、記者会見でこう語った。
自分はずっと自分の執務室にいたのだ、と。
その記者会見を見ていたブリュッセル市民は、ひそかにこう噂しあったという。


「暗黒都市ブリューゼルだ。ブイナンとクデルは暗黒都市に呑み込まれていたのだ!」


ホントかよ!と思わず突っこみたくなるが、こういう語り口が良いんですよね、この本。


1979年にはこんなことも起こった。
地下鉄延長工事に携わっていた作業員が、崩れた岩盤の向こうから明るい光が差してくるのに気づく。近づいていってみると、そこには地上にあるブリュッセルそっくりの、地底都市が存在していた、というのだ。


地上と地下に存在する双子の都市!
まるで竹本健治の『トランプ殺人事件』のようではないか(あれはうり二つの洋館だったけど)。
誰がそんなものを造ったのか、といえばロシェルなる謎の男だという。


18世紀、ロシェルはブリュッセルの再建計画に携わったが、彼が範としたのは「上なるものは下なるものに似たり。下なるものは上なるものに似たり」というヘルメス学の奥義だったという。
やがて新生ブリュッセルが完成。
しかし、その頃から、人々が神かくしのように消えたり、ひょっこり帰ってきたりという事件が頻発するようになり、市民の間ではこんな噂が囁かれるようになった。


「どうもブリュッセルとまったく同じ町がどこかにあるらしい」
「住んでいる人間もまったく同じらしいぞ」
「そこに住んでいる人間はモグラのように目が退化しているそうだ」
「それに真っ赤にピカピカ光る服を着ているという話だ」


このあたりはもう、完全に怪奇小説のムードである。
19世紀半ばにはフリーメイソンに属していたブリュッセル市長アンシュパシュ、建築家ポラール、画家ヴィールツの3人が、暗黒都市ブリューゼルの住民を「神人」と崇める秘密結社「暗黒教団」を結成。


地上世界と地下世界を結ぶトンネルとして、ブリュッセルに裁判所を建設した。
観光名所としても名高いブリュッセルの裁判所の地下には、網の目のように入り組んだトンネルがある。それは暗黒都市ブリューゼルへと通じているのだ!!!


やがて、市長アンシュパッシュらの訃報に接したブリュッセル市民は、またしても囁きあったという。


「彼らは死んだのではない。地下世界の暗黒都市ブリューゼルに行ったのだ。いずれ彼らが戻ってくるとき、ブリュッセルは世界の首都になっているのだ」


……なんでも噂するなあ、ブリュッセル市民(笑)。


そもそも暗黒都市ブリューゼルの存在は、秘密にされているんだか、そうでないんだか。都合よく隠されたり、見つかったり、市民の噂にのぼったりしている感がなきにしもあらず。


とはいえ、「ブリュッセルの地下に暗黒都市ブリューゼルが存在する」というストーリーが、かなり魅力的であることは、オカルト好きなら納得してくれるだろう。




オカルト本は割とよくある話に落ち着いてしまうことが多いのだが(驚きの真実!とか言っても、100回以上聞いたことのある話だったりする)、この『極北に封印された「地底神」の謎』はひと味違う。なんか過剰で、狂気的で、幻想的なのだ。
ラヴクラフトでいうと『狂気の山脈にて』とか『超時間の影』 のような、「うわー、すげえ!」という問答無用の壮大さがあって非常に好きなのです。


10数年ぶりに再読してみてどうかと思ったが、やっぱりちゃんと面白かった。


本書のキモになっている暗黒都市ブリューゼルについては、おそらく海外のオカルト文献に出典があるのだろう。本文中にはジェイムズ・ウェルズというフリーメイソン研究家の名前があがっているが、どんな人物なのか今ちょっと調べがつかない。
関連の引用図版がすべてビデオ画面からのキャプチャーだから、その手の映像資料をもとにしているのかも知れない。


なんにせよ、他ではまず見かけない話で、刊行から十数年経ってもなお、ミステリアスさを失わない一冊といえる。








(おまけ動画  T-REX 「地下世界のダンディ」)


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